| ■核時代■ |
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広島・長崎への原爆投下で世界は「核時代」に入りました。人類は、核兵器の出現で破滅の瀬戸際(せとぎわ)に立たされたのです。 強力な核兵器で相手国をおどし、攻撃を思いとどまらせる核抑止論は、核大国の論理です。それに対し日本は「核兵器をつくらず、持たず、持ち込ませず」という非核3原則(1968=昭和43=年)を掲げています。 また1956(昭和31)年には、原子力の平和利用についても原子力基本法で「民主・自主・公開」の三原則を定めています。 核兵器が蓄積され、拡散が心配されている今日、人類の英知は果たして核時代を制御できるのでしょうか。 |
| ▽核兵器の恐怖▽ |
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核兵器には原爆(原子爆弾)と水爆(水素爆弾)があります。水爆には広島に落とされた原爆の1000倍の威力をもつものから、中性子爆弾のように10分の1程度の小型のものまであります。 短距離、中距離、長距離など距離に応じた核ミサイルがあり、発射も爆撃機や潜水艦、地上からなどシステムもさまざまです。 また、核実験も地上から地下へと、そして臨界前(爆発させない)実験へと形を変えています。 核兵器の爆発とともに発生する熱線・爆風・放射線は、都市を一瞬のうちに破壊し、医療や消防などの一切の社会的機能を奪い、おびただしい数の人間を無差別に殺します。 |
| <核の冬> |
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大規模な核戦争が起こると、核爆発の被害によっておびただしい数の死傷者が出るだけでなく、大火災によるススと核爆発にともなう放射性のチリが太陽の光をさえぎり、気温がいちじるしく下がります。これを「核の冬」と言います。世界的な全面核戦争が起これば、地球規模でこの「核の冬」が数カ月間も続くと言われています。 「核の冬」が起これば、食糧生産が大打撃をうけ、多くの生物も死滅するので、地球上のすべての人びとが深刻な飢えに直面するでしょう。 また、「核の冬」が終わった後でも長い間、放射性のチリが地球を取り巻くので、異常気象と「死の灰」が降り続けます。そのため、食糧不足だけでなく、放射線による病気が広がります。 核戦争は「ひとごと」では済まない、と言えます。 |
| <核兵器の拡散> |
現在、世界には 約4万発(実戦配備2万発を含む)の核兵器が存在すると言われています。アメリカ、旧ソ連、イギリス、フランス、中国の5カ国は、1980年代半ばまで核兵器の数を増やすことや、その威力や命中精度を上げたりすることを競い合いました。 核兵器保有国が増えることを防ぐために、1970(昭和45)年に核拡散防止条約(NPT)が結ばれましたが、74年にインドが地下核実験を行い、核兵器を製造できる力を世界に示しました。南アフリカも原爆を開発しましたが、その後廃棄したと93(平成5)年に公表しました。そのほか、イスラエルやパキスタンも核兵器の保有・開発の疑いを持たれてきました。 95(平成7)年に核拡散防止条約(NPT)の無期限延長が決められ、引き続き核保有国を増やさない体制が維持されましたが、アメリカなど5大国による核兵器の独占的な保有を固定化する不平等性を残しました。 96年には包括的核実験禁止条約(CTBT)が採択され、核実験が全面的に禁止されましたが、この条約に参加していないインドとパキスタンが98年5月、相次いで地下核実験を行い、核拡散の緊張が高まりました。 また条約締結後もアメリカ、ロシアは、核爆発を伴わずコンピューターで効果を測定する臨界前(未臨界)核実験を行っています。アメリカ、ロシアは「核爆発を伴わないので、禁止条約には違反しない」と主張していますが、被爆地ヒロシマはいかなる核実験も許さないとの立場から、強く抗議しています。 今後、これ以上核兵器を増やさず、核保有国が現れないように、すべての核兵器を廃絶することが求められます。 【写真】米・ニューメキシコ州アラモゴードの核実験場(米軍撮影)
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| <核実験の犠牲者> |
| 旧ソ連の解体で、長く続いた東西両陣営の冷戦はほぼ終わりを告げたものの、核兵器は相変わらず蓄積されています。
広島・長崎への原爆投下後も、アメリカのネバダで、旧ソ連のセミパラチンスクで、太平洋のビキニやエニウエトクで、核実験に従事した兵士だけでなく、実験場付近の住民が被ばくしました。 核兵器は戦争で使われなくても、なお多くの被ばく者を生み、その健康に障害を与え、また不安を募らせているのです。 ◆関連項目
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